【利用者・加藤拓の経験”知”】第42回 発信することのメリットとデメリット~自身の病気や障害をどこまで明かすべきなのか~

2024.09.11

加藤拓(かとう たく)

何度か書いているが、私は将棋が好きでネット中継で対局を観戦したり、詰将棋を解こうと考えたりする。ただ、完全に趣味であり勉強しているわけでもないため、棋力はたいしたことはなく上達もしない。あくまでファンとして、プロの対局やそこから紡がれるストーリーを楽しむものだと割り切っている。令和の天才である藤井聡太七冠(2024年8月現在)の活躍や、彼の全冠制覇の牙城を崩した伊藤匠叡王、将棋連盟の会長職をしながら50代になってもタイトル争いの上位にい続ける羽生九段など、メディアによく取り上げられる棋士もいれば、取り上げられずとも魅力的な棋士は多い。

ただ、ファンだからこそ賛同できない将棋連盟の対応がある。それは、いまだに所属する棋士がcovid19ウイルスに感染したことをウェブサイトで公表していることだ。5類への変更から1年以上経ち、テレビ番組でさえ演者の欠席の際には“体調不良”とオブラートに包むようになった。それなのに、なぜ将棋連盟はバカ正直な対応を続けるのだろうか。将棋連盟の対応も、それを「誠実な対応だ」と讃え続けるファンの考えも、私は理解に苦しむ。

そもそも、人の病気や障害の有無、既往歴といったことはかなりセンシティブな個人情報のはずだ。それを公表するのが”当たり前”になってしまっていることに、もう少し危機感を持った方が良いのではないだろうか。私がそう感じるのには2つの理由がある。

まず1つめの理由は、何かを発信することには必ず”副作用”を伴うということだ。例えば、長年アイドルとして活動しこの春にグループを卒業した柏木由紀さんは、3年ほど前に国が指定している難病に罹患したことを公表した。彼女は治療前後の心境や出来事を動画で語っている。職業柄なのか、努めて明るく話しているのが印象的だった。とても多くの応援や励ましのコメントが寄せられたそうだが、中には

「難病を抱えた人がそんなに明るく元気に話していたら、他の病気を抱えた人も元気なのかと誤解されるから、そんなに明るく元気にしないでほしい」

とか

「同じ病気を抱えていて同じような治療を受けたのに、柏木さんのように元気になれなくてショックを受けた」

など、彼女にとっては言いがかりやとばっちりのような想定外の声も届いたという。著名人が自身の病気を公表するかどうかは、難しい判断だということだろう。

翻って、私の場合は脳性麻痺によって一目で不自由な体だとわかる。そのため、障害をオープンにするかどうかの葛藤は起こらない。しかし、自身の発信したことを意図とは違う受け取られ方をした経験はある。第7回のコラムで私は、利用者が自宅で生活し続けるためには家族による世話からヘルパーによるケアへの移行が必須だと書いた。そして、1人のヘルパーが利用者に関わる時間は有限であるからこそ、家族や他のヘルパーが様々な思いとともにつないできた”バトン”を大切につないでほしいと続けた。このコラムを読んでくださった知人(Mさん)から、

「私も認知症が進んできた両親の世話をする身として、バトンをつなぐためにもっとしっかりしないといけないと思った」

という感想をいただいた。Mさんには、身体障害者で車椅子ユーザーのお子さんがいる。そのお子さんはヘルパーのケアを受けつつ一人暮らしをしており、Mさんはその側面支援をされている。またMさん自身は医療職であり、訪問診療のクリニックに勤めながら、認知症のご両親の世話をされているのだ。確かに私はコラムの中で「”バトン”を大切につないでほしい」と書いたが、Mさんのような状況の人に対してもっと頑張れとさらに鞭打つような意図は全くなかった。この一件から、自身の意図を文章で伝えることの難しさや読み手の受け取り方の幅広さを痛感した。ある程度の割り切りも必要だとも感じている。このように、一定程度推敲して世に出した文章でさえ思わぬ反響があるのだから、自身の病気や障害を公表することによる反響は予測し得ない。そのリスクを強制的に負わせることは、やはりあってはならないのだ。

2つめの理由は、病気や障害を公表するのが”当たり前”という空気が、社会をおかしな方向へ向かわせかねないということだ。2020年からの3年間、特に初めの2年ほどは感染症にかかった本人だけでなく、所属する組織までもが感染者を出したことを公表し、なぜか詫びた(詫びざるを得なかった)。それは、感染対策の責務を怠たり、人事を尽くさなかった結果引き起こされた”失態”という見方が根強いことの表れである。まして、それを隠そうものなら”不祥事”を隠蔽しようとした信用ならぬ人物や組織として世論から滅多撃ちに遭った。この、「自身の疾患を隠したら信用ならぬ存在というレッテルを貼られた」という“実績”が恐ろしいのだ。

新しい感染症だからとか、他人に感染させるおそれがあるからという理屈は、今回は一理ある。しかし、今回の騒動によって体得されてしまった「病気や障害を申告しなければ不誠実」という感覚が、他の疾患にまで広がらないと誰が言い切れるだろうか。この感覚が浸透しきった社会では、自身の病気や障害を隠したまま結婚や就職をした場合、それが発覚した場合にはおそらく離婚事由や解雇の理由として認められてしまうことだろう。また、最近では遺伝子検査によって特定の疾患のリスクの高低まで一定程度わかるようになったと聞く。そうなれば、発症してもいない疾患のリスクですら「隠すとは何事か!」ということになりかねない。そんな大袈裟な、と言いたい読者もいるだろう。たしかに私は極端な話をしている。ただ、同調圧力がとても強い日本社会において、「あり得ない」の一言で済まされることだろうか。今回の騒動がまさに蟻の一穴とならぬように、冷静に考えてほしいものだ。

私個人としては、自身の周囲で頻繫に関わる人には病気や障害を明かしたうえで理解を得る努力をした方が、隠し続けるよりもメリットが大きいと考えている。しかし、それをしなければペナルティが科されるような状況(空気感)をつくって公表を迫るのは、やはり避けるべきだ。まして、ウェブサイトで全世界に公表する必要性など微塵もない。

将棋界では対局の後に、互いの指し手をふりかえりながら、「このあなたの手は素晴らしかった、盲点だった」「こちらの手を指していればまだまだ互角の展開だったが間違えてしまった」など、よりよい手を検討、模索する。この一連の流れを感想戦という。その中で、実際には選ばれなかった手順だが、もし選んでいても互角の展開が予想される場合に、「それも一局だ」という言い方をする。私は、お互いが穏やかにこう言い合える世の中こそ幸せだと信じている。

「病気や障害を公表してもしなくても、それも一局ですね」

と。

加藤拓(かとう たく)

1983年生まれ。生まれつき脳性麻痺による身体障害者で、現在は毎日ヘルパーのケアを受けながら、「皆で考えてつくる医療と介護」をモットーに、講演活動やワークショップの開催を続けている。2020年7月からはヘルパー向けの研修講師も担当している。 趣味はゲームと鉄道に乗ること。

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